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【ドキュメンタリー】【映画】【TBSドキュメンタリー映画祭】『完黙 中村喜四郎〜逮捕と選挙』感想 選挙を愛し、選挙に愛された男

ヒューマントラストシネマ渋谷にて3月18日から一週間行われた「TBSドキュメンタリー映画」から、筆者の鑑賞した3作品の感想を書いていきたいと思います。

今回は2番目に観た『完黙 中村喜四郎〜逮捕と選挙』です。

TBSドキュメンタリー映画祭とは?

2020年、TBSが制作・公開した『三島由紀夫vs東大全共闘 〜50年目の真実〜』というドキュメンタリー映画がありました。

1969年に東大本郷キャンパスで行われた三島由紀夫全共闘学生らの討論を撮影した実際のフィルムをメインに、追加取材を交えて当時を振り返る内容でしたが、話題を呼び興行収入2億円という本邦のドキュメンタリーとしては超の付く大ヒットを記録します。

勢いづいたTBSは「TBS DOCS」というドキュメンタリー専門の部署を設立、新たな作品の制作に力を入れていきます。その発表の場として去年から開催されているのが「TBSドキュメンタリー映画祭」なのです。

日本は海外に比べドキュメンタリー映画の土壌が整っていないので、ドキュメンタリー好きの筆者としてはこれを期に層が厚くなってくれればいいなあと思っています。

作品紹介

本作は、空前絶後国会議員、中村喜四郎の半生を追ったドキュメンタリーです。

中村喜四郎は茨城7区で活動する衆議院議員で、かつては科学技術庁長官や建設大臣を務めましたが、1994年のゼネコン汚職事件に関与し、議員辞職も事情聴取も拒んだ末現職国会議員として27年ぶりに逮捕されるという記録を作ってしまいました。

中村の最大の特徴は選挙での圧倒的な強さで、これまで出馬した15回の選挙のうち14回で選挙区当選しています。特に出所後の17年間は無所属で要職にも就かず議員立法にも関与しない、つまり実質何もしていないにも関わらず当選を繰り返しました。

また、ゼネコン汚職事件での逮捕時、中村は取り調べに完全黙秘を貫き、以降マスコミの取材にも一切応じず、国会での発言も一度のみという修行僧のような生活をしていました。

  • 中村には公式ホームページがありますが、こちらもビックリするほどこざっぱりした状態です。衝撃を受けると思うので一度ご覧になってみてください。

そんな中村でしたが、2019年に初めて書籍インタビューに応じ、2020年に立憲民主党に入党、そして昨年の衆院選で15回目にして初の選挙区落選を経験するという大きな動きがありました(その後比例区で復活)。

本作はその激動の最中に撮影された中村のインタビュー映像と、TBSの保管する過去の映像などを用いたドキュメンタリーとなっています。監督はTBSラジオで記者を務め「国会王子」の異名で有名な武田一顯氏です。

内容

喜四郎、語る!語る!

本作の事前の宣伝では検察に出頭する中村の映像や、中村のインタビューのうち事件について語る部分が大きくクローズアップされていたため、筆者は「『完黙』ってタイトルだし、あの事件の真相を追う、みたいな感じなんだろうか?」と思っていました。

ところが実際には選挙にかける中村の情熱や、選挙活動の様子を取り上げ、中村の選挙強さの秘密を探る内容だったのです。そうそう、こういうのが見たかったんだよ!

にわか政治マニア(なんだそれ)の筆者にとっては中村喜四郎といえば選挙なんですよ。昔の汚職事件の話なんか正直どうでもいいし(言い過ぎ)、とにかく中村喜四郎の動く映像が色々見たかったんです。アイドル映画と同じですね。

  • 一応監督の名誉のために言っておきますが、作中では事件についても大きく取り上げられています(後述)。

インタビューの撮影が行われたのは国会議事堂が見下ろせるホテル(おそらくキャピトルホテル東急)の一室。なぜかカメラが3台もあり、目まぐるしくカットが切り替わるという本当にアイドルみたいな扱いを受けていました。

マスコミ嫌いで有名だったかつての姿はどこへやら、インタビューでの中村は非常に饒舌に話してくれています。話しすぎて後半の方では外が完全に真っ暗になっていました。

  • パンフレットによると、インタビューは実に20時間以上に及んでいたそうです。

貴重映像の数々

中村喜四郎参議院議員だった父、中村喜四郎の地盤を引き継いで27歳のときに初出馬しました。左の文章の意味がわからなかった方に説明すると、中村は地盤を引き継ぐため父親の名前を襲名したのです。アメリカなら後ろにJr.と付くところです。

そんな中村喜四郎Jr.、なぜ政治家を目指したのかと問われると「一人の人間の為に大勢の人が動くという様子を見て、なんかいいなあと思った」と答えました。それは選挙の為に政治家になったと解釈していいんですね?

ここで出てくるのが初出馬の際の中村の映像。16mmフィルムで撮影された感じで、インタビューを受ける母親の姿や、当選祝いの樽酒に杵を独特のフォームで何度も振り下ろす中村などが映し出されます。

そんな感じで、本作でないと絶対お目にかかれないような貴重な映像が惜しげもなく登場します。TBSはアーカイブに強みがあり、古い映像も廃棄せずしっかり保存されているのでこういうことが可能なのでしょう。

  • 余談ですが、フジテレビはこれとは逆に河田町の旧社屋からお台場に移転する際ほとんどの資料を捨ててしまったと言われています。

他にも、初入閣時にインタビューを受ける中村や、80年代の選挙活動の様子なども紹介され、ほとんど中村喜四郎の全記録といっていい様相を呈していました。

ストイックな選挙活動

中村の選挙スタイルは、秘書をしていた田中角栄の手法を受け継いだガチガチのドブ板選挙です。地元を絶え間なく選挙カーで回り、支持者一人一人に挨拶をします。選挙期間中はバイクで疾走するのも有名です。

取材班は中村の挨拶まわりにも同行していますが、中村は支持者全員の性格を覚えているらしく、にこやかにお爺さんと挨拶したかと思えば、車に戻ると「思った通りの反応じゃなかった」と怪訝な表情を浮かべます。

家庭も非常に独特で、長男によれば「子供の頃から『お父さん』とか『パパ』とか呼ぶと怒られた。必ず『代議士』と呼べ、と」。長女によれば「サンタクロースなどという概念は認められていなかった。プレゼントが欲しいときはプレゼンで父を説得する必要があった」。

実に嫌な感じの家庭ですが、両者とも順応しており、長女は結婚相手を紹介する際、結婚するとは告げず「付き合いたい」とだけ報告したそうです。一方の代議士はその彼氏をニューオータニの料亭に呼びつけるというマウンティングをしていますが…。

  • ちなみに、長男のはやと氏は現在茨城県議会議員を務めており、話し方が若い頃の代議士にそっくりです。

その成果は確実に現れており、中村の後援会である「喜友会」は数千人ものメンバーを持つ非常に結束の強い組織となっていました。喜友会の特徴は会員同士の横の繋がりを重視する点で、ある意味宗教団体みたいな様相を呈しています。

中村の支持者の一人として登場したおじさんは、カメラの前にDVDを並べ始めます。それはプライベートの中村喜四郎の姿を収めた個人ライブラリカラオケ大会の司会を務める中村の映像が紹介されていました。これはうらやましい!


ここから後半部分です。


汚職事件

1994年、中村は鹿島建設副社長から1000万円を受け取り、公正取引委員会に圧力をかけた容疑をかけられました。当時は55年体制崩壊直後で、政治改革法案が議論されている真っ最中でした。

当時のニュース映像が挿入されていますが、登場するのは細川護熙五十嵐広三海部俊樹などそうそうたるメンバー。しかし誰一人中村のことは擁護していません。中村は逮捕許諾請求が可決され逮捕されてしまいます。

インタビューで中村は「本当は受け取るつもりはなかったが、ある大物政治家が『自分の計らいを無下にするのか、なら俺が受け取る』と言い出して面倒だったので受け取った」と言い訳していました。いや、受け取るなよ

このドキュメンタリーの良いところは、ただ中村の言い分を垂れ流すのではなく、事件を追っていたジャーナリストや当時の捜査員に取材を行って客観的な視点を提供しているところです。

結論としては「賄賂を贈った側と圧力を受けた側の証言は立証されており、間の中村が否定したところで事件は成立してしまっている」という感じでした。まあ、そうなるわな。

その一方で、中村がいかに国会の中で立場を無くしていったかということをVTRを交えて述べていくことで、中村の逮捕は当時の揺れ動く政界の権力闘争の一端という側面があることを提示しています。

もしかしたらこれが事件そのものを扱ったドキュメンタリーだとある程度偏った見方になっていたかもしれません。しかしこの映画の本筋は選挙なので、事件はその中の1シーンに過ぎないのです。

結果として、政治ドキュメンタリーとしても良い作品になっていると思いました。

転落と再生

中村には実刑判決が下り、刑務所で過ごすことになります。刑務所では衛生係にされていたらしく、粗相をした受刑者の後処理をするなど、閣僚まで務めた人間の末路としては辛いものを感じました。

しかし、中村喜四郎はそんなことでは挫けません。出所後の選挙では自分に代わって立候補していた自民党の候補者、しかも弔い合戦で圧勝します。この時の演説の映像が流れますが、目が異様にギラついていて怖かったです。

中村は、服役したことで考え方が変わったと言います。やっぱり刑務所の教育効果って凄いんですねえ。長男は、出所後の中村は自分達に対して優しく接するようになったと語りました。

「私の子供の頃の代議士って、旅行に行くときも『俺のおかげでビジネスに乗れてるんだ』みたいなこと言って偉そうで、その頃の代議士ってあんまり好きじゃなかったんです。でも今の代議士は好きですね」

いい話なんですけど、やっぱり「代議士」ってフレーズが気になります…。

出所後しばらく無所属で出馬を続けていた中村でしたが、近年の自民党に対する反感から立憲民主党の候補者として出馬、そしてこれまでの選挙人生で初めての落選を経験しました。

  • 中村の落選については、これまで重要な票田であった公明党支持者が離れたことを大きな原因とする評価が多く見られます。

「一敗地に塗れ…」と支持者に対し初めての敗戦の弁を語る中村でしたが、なんか勝った感じのオーラが出ているのはさすがです。インタビュアーに対しても「まだまだこれから」と笑顔でした。

ラストシーンは、いつも通りバイクを走らせ地域を回る中村の映像をバックにエンドロール。

感想

選挙フリーク

中村喜四郎の選挙活動をここまで詳細に追った映像というのは初めて見ましたが、想像以上に凄まじいものでした。まさに茨城3区というのは中村を中心に全てが動いており、それを構築してきたのは中村の人身掌握術なのです。

喜友会の結束力を物語るシーンがあります。作中、中村の逮捕当時の街頭インタビューの映像が流れるのですが、都内の人々の反応は「悪い事をしたのだから捕まるのは当然」というものなのに対し、地元の人々は「私は中村さんを信じています」と堂々発言。

この時、都内の映像は全ての人の顔にモザイクがかかっていたのですが、地元の人はモザイクがありませんでした。これはつまり、当時インタビューに答えた人全員に連絡が取れ、顔出しでの映像使用を許可したということに他なりません。

これまでに選挙活動を取り上げたドキュメンタリーといえば、政治経験ゼロの新人が自民党の全面バックアップで地方選を戦う『選挙』、マック赤坂などインディーズ候補を追った『立候補』、立憲民主党小川淳也を取り上げた『なぜ君は総理大臣になれないのか』などがあります。

このうち『選挙』はドブ板選挙、『なぜ君』は現職国会議員の選挙活動という共通点がありますが、中村の選挙活動はこれらの作品とは全く違う趣のある内容でした。

先に挙げた作品はどれも「選挙」という複雑怪奇な戦場を舞台に、翻弄され傷つきつつも立ち向かっていくというような毛色の作品でしたが、中村は自らの戦術に絶対的な自信を持っており、伝説の傭兵の如く戦場をくぐり抜けていくのです。

中村が沈黙を続ける動機が「権力に対する抵抗」であると明言されたこともよかったですね。とにかく、中村喜四郎という独特の人間性を存分に味わえる75分間となっていました。

おわりに

中村喜四郎という人間は先述したような経緯から政治家としてのキャリアの絶頂期が短く、現在では「幻の政治家」「選挙モンスター」みたいな目で見られがちな人物です。

本作はそんな中村の生身の人間としての部分が色々出てきた点で興味深かったです。特に、家族へのインタビューは「中村喜四郎にも私生活があるんだよな」という当たり前のことに改めて気付かされて感慨がありました。

  • ここまで全然触れていませんでしたが、初出馬から中村の選挙活動を活動を支えてきたお兄さんのインタビューも大きく取り上げられています。

しかしなんといっても圧巻は初出馬から現在までの膨大な取材映像です。支持者が私的に保管している映像まで出してきて、政治クラスタのバズりを狙っているのか?と勘ぐってしまいました。

中村喜四郎について少しでも興味のある方は必見のドキュメンタリーだったと思います。しかし、逆に微塵も興味ない人にはどうかな…。