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【ドキュメンタリー】【映画】【配信あり】『なぜ君は総理大臣になれないのか』感想 迷い続ける政治家

Amazon Prime Videoにて配信中の『なぜ君は総理大臣になれないのか』について、感想を書いていきたいと思います。

先立って、本作の続編である香川1区』の感想も投稿しておりますので、そちらも併せてお読みいただけたら嬉しいです。

作品紹介

立憲民主党所属の衆議院議員である小川淳也の選挙活動を追った作品です。

小川淳也香川県高松市生まれで、東大を卒業後自治省(後の総務省)に入省、32歳で退職し民主党から衆院選に出馬します。しかし、小川の出馬する香川1区は自民党所属の平井卓也が極めて強い地盤を形成しているため、選挙区では落選を続けていました。

本作の監督である大島新の妻と小川が顔見知りの関係であったことから撮影が始まったという映画で、小川の初出馬から2020年までの17年間の様子が記録されています。

自主制作の政治ドキュメンタリーというニッチなジャンルながら、対立する平井卓也も認める「キャッチーなタイトル」や内容が話題となり、徐々に上映館が拡大し3万5000人以上の観客動員(ドキュメンタリーの世界では大ヒット)を記録したようです。

国会議員を対象にしたドキュメンタリーですが、彼の政治観や思想が宣伝されることはなく、ひたすら選挙運動に焦点が当てられています。想田和弘選挙』や藤岡利充『立候補』のようないわば「選挙ドキュメンタリー」のジャンルです。

とはいえ、国会議員の選挙運動を取り上げた映画は非常に珍しいです(変則的ですが原一男の『れいわ一揆』ぐらいでしょうか)。さらに、小川淳也はその絶妙なポジションから民主党政権崩壊以降の野党の激動に翻弄された人間でした。

以下、当時映画館で観た時の感覚を思い出しつつ、改めて配信で鑑賞した上での感想を書いてみたいと思います。

内容

前のめりな姿勢

冒頭、「今の野党は自民党の揚げ足を取るばかりで政権獲得の為のビジョンがない!」と熱く語っているのが小川淳也。直後に地元で誰もいない田んぼに向かって演説している意地悪なシーンが挿入されてタイトルが出ます。

最初の25分ほどまで小川の初出馬から2017年現在までの映像が駆け足で紹介されます。この辺の映像は本当に駆け足で、民主党政権3分ぐらいで崩壊していたり中々忙しない感じです。

監督のナレーションからは、小川の熱すぎる姿勢14年間ほとんど変わらないことにどこか困惑している雰囲気が感じ取れます。理想を語る割に政治家として出世できない小川に対し「この人は政治家に向いていないんじゃないか」と疑問を持つことで本編がスタートします。

監督は小川と政治評論家の田崎史郎を引き合わせ、定期的な飲み会を開いているのですが、ここでの小川と田崎の会話は今見ると結構面白いです。

小川「安倍さんは右側全体に足をかけているから極右の台頭を防げている。これが谷垣内閣とか岸田内閣だったらどんどん台頭してくる」ヤバいじゃん日本!

田崎「(安倍政権の維持は)2021年までは確実。現職の総理としてオリンピックを迎える」惜しい!惜しいよ田崎さん!まあこの事態を予測するのは無理だったろうけれど…

注目すべきはこの時の二人の姿勢です。小川は前のめりになって一生懸命語っていて、それを後ろに手をついて超くつろぎながら聞く田崎史郎。世間における小川の立場を象徴する構図と言えそうです。

アットホームな選挙?

本作のもう一つの見どころは小川の家族です。国会議員の選挙運動といえば大量の運動員を投入しての人海戦術…なのですが、小川はそれに加えて家族を動員させているのが特徴的です。

小川家は小川と妻と娘二人の4人構成。選挙運動では、愛用の自転車に乗って疾走しますが、小川は「本人です」、妻は「妻です」、姉妹はそれぞれ「娘です」と書かれたタスキを掛けて走ります。中々シュールな光景です。

特に、前半の14年間の映像は小川の娘の成長記録にもなっています。初出馬の際は号泣しながら実家へ移送されていった姉妹が、民主党政権時は無言で雑用をこなす小学生になり、舞台の2017年には大学生

監督も彼女らを積極的に写しており、選挙事務所では「政治家には絶対になりたくない。政治家の妻も嫌」との言質を取ります。当の小川の妻に「ああ言ってますけど」と聞くと「でしょうね」の一言。良い家族です。

  • 「小学生の頃学校のすぐ隣に父親の看板が立てられてすごく嫌だった」という発言はなんとなく『君の名は。』を思い出します。

また、両親にもインタビューをしており、小川の母親から「息子は永田町に貸してるつもりなので、これ以上目が出ないのなら返してほしい」と言いつつも有権者への電話かけを手伝うなど、親心といった感じが見られます。

  • この電話かけのシーンで、筋金入りの自民党支持者のことを「お客さん」と呼んでいたのが印象的でした。

…という風に、「政治家の家族」という存在が非常に生々しく描かれているのが本作の面白いところです。


ここから後半部分です。


希望の党

監督は非常にタイミングの良い時にカメラを回していました。2017年は都民ファーストの会の躍進を背景に小池百合子が国政政党希望の党を創設、これに民進党の代表であった前原誠司が合流を画策するという大きな事件があった年でした。

前原の側近であった小川も希望の党入りしますが、直後に小池の「『排除』発言」や枝野幸男による立憲民主党旗揚げなどの不幸な出来事が続き、そもそも保守系と見られている党へ移る是非が問われるなど瞬く間に狂騒へと巻き込まれていきます

支援者を招いた集会で「思想に変節はないのか」「そもそも公認を得られるのか、得られなかった場合どうするのか」と詰問される気まずいシーンもあり、強張った顔で受け答えする小川には観ているこちらも緊張してきます

  • この集会は説明会の後にマスコミをシャットアウトして行ったもので、なんか学校の帰りの会みたいでした。

そもそも保守系が強い香川1区でわざわざ小川を支援していた人たちは強いリベラル系の思想を抱いていることは容易に想像がつきます。政治力学的な側面は理解していながらも、やはり率直な疑問は拭い去れないのでしょう。

街頭演説に赴いても「立憲民主党なら良かったのに」「安保法制反対しとったのに腹の中は真っ黒やないか」とキツい言葉を投げ掛けられます。たまたまこの二人がそういう言動をとっただけかもしれませんが、都内の選挙ではあまり考えられない光景で新鮮です。

小川の混乱は続き、最終的には事務所の壁に「党が変わっても小川は変わりません」という文言から始まる長文のメッセージを貼り付けるという行動に出ていて、めちゃくちゃ迷走していました。

日本の政党は党議拘束の存在などもあり、幹部以外の議員の存在感というのがあまり伝わってこない雰囲気があります。しかし、そういう議員にも理想と現実の狭間に翻弄される人生があるのだと感じさせられる映画です。

落選、そして…

たぶん多くの人は出陣席のシーンに出てくる井手英策が強く印象に残ったのではないでしょうか。井手は慶応義塾大学所属の経済学者なのですが、とにかく演説がうまい。わずか数分の出演ながらガッツリ爪痕を残していました

「皆さん、小川さんの顔見てくださいよ!ポスターの顔と全然違うじゃないですか!なんでそんなに悲しい顔をするんですか!こんなの僕の知ってる小川さんじゃない!

井出先生のシャウトに支援者が一人また一人と涙を浮かべます。小川の妻も号泣。姉妹も号泣。最後は小川本人も号泣してしまいます。お前が泣いてどうする!この人のほうがよっぽど政治家に向いていそうな気がします。

  • ちなみに小川の父親は逆に「淳也は政治家よりも学者のほうが向いてるんちゃうか」と言ってしまっていました。

そして、投開票日。台風接近の大雨の中、事務所に集まった支援者はNHKの画面を見つめています。当確が中々出ず、スタッフが各地から寄せられる開票結果を直接発表していました。このシーンはすごく興味深いです。

高松以外の開票所の結果が出揃い、相当な接戦ながら平井有利。出口調査での小川優勢に喜んでみたりするものの、高松の結果が届かず、小川は疲れ切った表情でパイプ椅子に座り込みます。

  • ちなみに、ポスターで抜かれているのはこのシーンです。

そして、高松の結果が届き、小川は僅差で落選してしまいました(その後比例復活)。落胆する支援者の隙間から次女の晴菜さんが号泣する様子が。色々あってもやっぱりお父さんを応援したいんですね。小川の父親は「通夜やな、通夜」とバッサリ切っていましたが。

後日、初出馬時に配った「50歳になったら早期に身を引きます」という宣言を神妙な顔で眺める47歳の小川。小川は希望の党を離れ無所属になります。無所属になると勉強会などに呼ばれないばかりか議席物理的に後ろの方に回されるそうです。これは知りませんでした。

しかし、2019年に転機が訪れます厚労省毎月勤労統計調査での不正処理が発覚し、質問に立った小川の答弁がネット上で注目を集め、一躍有名人となったのです。

2020年、改めて監督は小川にリモートで「今でも総理大臣を目指しているのか」と問いかけます。小川は「違うと言えば今すぐ議員辞職しなければいけないと思っていますが…」と悩んでしまうのでした。

感想

素直すぎる

映画のヒットにより「なぜ君は総理大臣になれないのか」というタイトルは今や小川を象徴する一種のバズワードになってしまいました。筆者も確かに鑑賞当時「この人は総理大臣にはなれないかもなあ」と思ってしまいました。

筆者の思う「政治家」というのは、全てを打算と戦略の中で考え、嘘も方便と割り切りつつ生き抜いていく職業です。筆者に限らずそう考えている人は多いと思いますし、腐敗や不正義に繋がる一方で必要なスキルではあると思うんです。

そういう意味では、本作に登場する政策秘書坂本広明の考え方は実に政治家っぽく、「無所属になると運動の規模が2/3に縮小する一方、希望の党は浮動票の11%を取り込める観測があるので…」と大変まともな戦略のもとに希望入りを推していました。

一方の小川は、十数年の付き合いのある監督の前でとは言えカメラに向かって思いっきり本音を吐いてしまっています。車中では無所属への未練を隠さず、お弁当の前で沈黙してしまったりしています。

  • 本作と続編『香川1区』は食事のシーンが多く使用されているのが印象的です。この点を監督に直接伺った所「言葉によらない感情が出やすい部分なので積極的に撮るようにしている」とのことでした。

玉木雄一郎と出馬会見に望んだ際にも、希望入りの理由を問われた玉木は「両院議員総会で決まった通りです」と簡単な回答で済ませた一方、小川は「政権獲得を目指すため」とそのまんまの思いを返してしまいます。

監督にも「無所属で出馬したほうが潔かったのでは」と問われますが、小川は「たらればの話ですけど、無所属で出馬していればっていう部分は今でもあるんです。あくまでたらればですけど…たらればで言えば…」と「たられば」を連発

そういう意味で本作での小川は「正直な政治家」というイメージを与えていました。支持する側は小川のそういう部分を買っている面が大きいように思えますし、一方でそれが相手に手の内を晒してしまう弱点にも繋がっているともとれます。

  • 作品外の話ですが、小川は普段の発言で無意識に自分の偏見や不見識を露わにしてしまう部分があり、しばしば失言として取り上げられてしまっています。

しかし、筆者は小川の最大の特徴は「迷い」にあると思っています。小川は東大出身・元官僚という経歴もあり、本作でも映る著書の内容は非常に冷静な分析に基づいているように見えます。小川は単なる無鉄砲な政治家には見えません。

本作で映る小川の姿は、冷静に物事を見据えつつも、分析だけでは掴めない選択を迫られると素直に迷ってしまうという印象がありました。小川の本質はその「迷い」にあるのではないでしょうか。

政治の世界はある種のギャンブルであり、勝負に出れない小川が出世できないのはなんとなくわかる気がします。一方で、政治の激動に翻弄され彷徨う姿は国会議員らしからぬ人間臭さがあり、本作の大きな魅力だと言えると思いました。

撮影と編集がうまい

改めて本作を純粋にドキュメンタリーとして観ると、撮影と編集のレベルが高いことに気づきます。

例えば、選挙事務所で小川の父親が電話かけをしているシーン。はじめに遠巻きからカメラを向け、徐々に回り込むようにして近づいていくというなかなか大胆な行動に出ています。

また、敗戦後にパイプ椅子に座る小川へインタビューするシーンでは、背後で撤収作業を手伝いつつ「お通夜www」と談笑している娘の姿が入るようにしており、両者のコントラストが際立つようなアングルになっていました。

当たり前ですが、これらのシーンは全てその場で偶然起きたことです。まず素材を大量に撮って、後から良いシーンを拾い集めていっているわけですが、それでもここまで構図が完璧なのは、監督が場を満遍なく観察してアングルを図っていないと出来ないことだと思います。

また、編集もとても丁寧でした。17年という歳月を描いた映画ですから、政治に関心のある人でも忘れかけていたような出来事も沢山あるわけですが、それらをフッテージなどを使いながらわかりやすく説明していて、事前知識がなくてもすんなり鑑賞できるようになっています。

使用映像の中には伏線のように使われているものもありました。印象的なのは、小川の初質問で後ろの議員から爆笑されつつ熱弁するシーン。終盤の統計不正問題を追求する答弁も同じように一年生議員に混じった席から出てきて、同じように笑われています

それは小川の変わらない(あるいは、成長しない)部分を表しつつ、一方でそうであるからこそ世間の注目を集めることが出来た、という印象を与えるようになっていました。偶然も味方した面白いシーンです。

本作に漂うドラマ性は、このような一瞬を逃さないカメラワークと、丹念な素材選びに支えられているのだと思います。ドキュメンタリー全体と比較しても質の高い作品だと思いました。

おわりに

本作の1年半後、監督は続編となる『香川1区』を公開します。この作品は本当に「続編」として作られていて、本作と繋がるような映像をあえて採用しています。

例えば、本作では終盤に小川が油揚げへの愛を語るシーンがありますが、『香川1区』の冒頭は油揚げを食べる小川で始まります。また、その日はかつて「早期に身を引く」節目としていた50歳の誕生日で、小川は有権者進退を表明するかで悩んでいます。

もちろん小川の家族や両親、坂本秘書や井手英策も引き続き登場し、一方で新しく登場する支援者グループ、一新された選挙活動の様子など、本作を踏まえるとなお楽しめるシーンが多いです。

下っ端国会議員の選挙活動」という、興味がなければとことん興味のわかないであろう一見地味なテーマを、ここまでドラマ溢れる映像へと味付けした監督の手腕は本当に凄いと思いました。

Amazonでは有料配信となっていますが、決して損はないと思います。是非ご覧になってみてください。