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【陰謀論】三浦春馬は如何にして陰謀論の的となったか(その1)

俳優の三浦春馬さんが亡くなってから2年が経ちました。命日には今も多くのファンが別れを惜しみ、様々な形で故人を弔っているようです。

その一方、死去間もない頃から現在まで、一部の人々の間で三浦春馬は何者かに殺害された」とする陰謀論が唱えられ続けています。昨年末頃からは警察による再捜査などを求めるデモが行われるようになり、全国にまで拡大する大規模なものとなっています。

ウォッチャー撮影画像より、今年6月に行われたデモ

これらの陰謀論全て事実無根のデマであり、三浦春馬の所属事務所であったアミューズ法務部のTwitterアカウントを開設、ネット上での注意喚起と共に発信者に対する法的措置を進めています

今回は、現在まで続く三浦春馬陰謀論がどのようにして拡散されていったのかについて、その成り立ちを調べてみました。

注意:以下、三浦春馬さんの死去当日の状況やネット上の書き込みを多く参照しており、人によってはフラッシュバックを受ける可能性があります。

三浦春馬陰謀論とは

この記事を読んでくださる方の多くは、おそらく「三浦春馬はCIAに暗殺された」という説についてご存知なのではないかと思います。

「CIA暗殺説」は、死亡報道直後に広く拡散された陰謀論の一つで、「他殺説」としては最も早く唱えられたものの一つです。その起源についてはこちらの記事で分析されており、死去直後に「だいわりゅう」という人物が投稿したブログが元と考えてほぼ間違いありません。

一方、この説は複数のメディアに取り上げられるなどして揶揄されたことも影響してか、現在陰謀論としては下火になりつつあります。信じている人もそれなりに見かけはするものの、後述する「アミューズ犯行説」や「Qアノン説」にほとんど吸収、あるいは取って代わられています。

特に「アミューズ犯行説」を中心に唱えている三浦春馬デモの主催者の一人はCIA説を「胡散臭い陰謀論」と呼び、これを唱える人々を工作員扱いしています。

先程述べた通り、現在普及している陰謀論は大きく分けて「アミューズ犯行説」と「Qアノン説」の2つがあります。

アミューズ犯行説」は、「三浦春馬を殺害したのは所属事務所のアミューズである」というもので、動機として「三浦春馬に以前から過剰労働を強いており、三浦が独立を求めて契約解除を切り出したことでトラブルとなった」という生々しい経緯を憶測するところが特徴です。

一方の「Qアノン説」は、三浦春馬が生前支援していたチャリティー団体「AAA」(トリプルエー)に注目し「AAAはディープステートのダミー団体で、児童の人身売買に関与しており、その事実を知って告発しようとした三浦春馬を暗殺した」という壮大なストーリーを組み立てています。

ただし、全ての陰謀論者がこのどちらかに分類されるというわけではありません。例えば、前掲した「だいわりゅう」のCIA暗殺説は「日本の大手事務所のほとんどはCIAの息がかかっており、そうではない新興のアミューズ所属の芸能人を迫害している」というものであり、アミューズ被害者側として扱われています。

さらに「アミューズ香川県豊島に所有する保養施設がディープステートの児童売春に使われている」という、アミューズ犯行説をQアノン説に取り込んだようなものもあり(この説は冒頭で挙げた弁護士ドットコムの記事にも言及があります)、各人がそれぞれの内容から自分に都合の良い部分を切り貼りして主張している面があります。

また「アミューズ犯行説」は、三浦春馬デモのように「他殺」と明言せず「不審死」と表現し、あくまで「真相究明を求めている」という曖昧な立場に立つ人が多い印象です。かつて「アメリ同時多発テロ自作自演説」の支持者に見られた「トゥルーサー」(Truther)と呼ばれる態度と似ています。

このような点からも、三浦春馬陰謀論はごく一部の人間が突発的に主張するニッチな陰謀論というよりは、既にコロナ陰謀論ウクライナ紛争陰謀論と並ぶ最近の陰謀論者の流行トピックとして成長していることがわかります。

ちなみに、この記事では詳しくは触れませんが、「三浦春馬は山奥で生存している」という「他殺説」と対極に位置する陰謀論も一部で流行しています。大きな拡散源となっているのは過去の記事でも触れた陰謀論YouTuberの「ジョウスター」と見られ、神真都Qの信者の間で広く信じられています。

では、この陰謀論は如何にして形成されていったのか、筆者が調べた範囲からの推測を書いていきたいと思います。

三浦春馬陰謀論はどのように生まれたのか

きっかけとなった2つの風説

2020年7月18日、三浦春馬さんが亡くなった直後、ネット上で死亡当時の状況について様々な憶測が飛び交いましたが、その中でも特に2つの説が広く拡散されていました。

1つ目は「過労死説」です。三浦春馬アミューズに過剰労働を強いられ、精神を疲弊させ命を絶ったのではないかというもので、アミューズが過去に労働基準監督署から是正勧告を受けていたことや、多くのドラマやTV番組、映画などの公開を控えていた中での死であったことが「根拠」として挙げられていました。

三浦さんがなぜ命を絶ったのかについては、現在も確定的な情報はありません。よって過労死説も単なる憶測に過ぎませんが、出演予定のドラマや映画を遺した状態で亡くなったことや、ファンとしての悲しみの矛先として理解できる範疇だとは思います

一方で、もう1つの説は非常に都市伝説じみています。「三浦春馬の死に当時のマネージャーが関与している」というものです。その「根拠」とされたのは、死去当日のマネージャーの行動に関する証言に矛盾が生じているというものでした。

訃報が入った直後の報道では、マネージャーは「ドラマの撮影現場で三浦を待っていたが現れなかったため、自宅を訪ねたところ応答がなかったため通報した」とされていました。しかし数日後には「自宅に直接迎えに行ったものの応答がなかった」と異なる内容の報道が主流となります。

普通に考えて、彼ほどの人気俳優を事務所が自分の足で現場に行かせるとは考えづらいため、前者の報道は誤りで、後日訂正されたのだと思われます。ところが一部の人々はこの報道の食い違いを「マネージャーが何かを隠している」と解釈し始めました。

この「マネージャー関与説」は広く拡散され、まとめサイトに掲載されるなどしたようです。

これらを踏まえ、これまでの報道での矛盾点や疑問点を見ていきましょう。

撮影は午前開始なのに、マネージャーが自宅に行ったのが午後12:30~13:00と報道
所属事務所アミューズはマネージャーは当日朝、自宅に向かったとコメント
発見時は僅かに心臓が動いていたのなら、もっと早くいけなかったのか
さらにマンションから異臭がしていたことから死後数日断っているか、硫化水素等も使った可能性も
マネージャーなぜクローゼット開けた?出かけていると思わなかった?
春馬さんが既に限界で危うい状態なのを知っていた?
第一発見者で蘇生処置をしなかったのか?

三浦春馬はなぜクローゼットで?遺書やマネージャー証言が不可解すぎ?|TK HOTLINE

上記のまとめサイトでは、遺書の存在の有無についての報道が錯綜している点や、彼の自宅とされる画像のクローゼットの写真を掲載し、身長178cmの三浦春馬がここで首を吊ることは不可能と述べています。この2つもまた、初期に広く拡散された風説でした。

前者に関しては、やはり当初の報道が誤りだったのだろうということで説明がついてしまいます。後者に関しては、生々しい話なので詳しくは述べませんが「非定型縊死」と呼ばれる方法であれば身長ほどの高さがなくても自殺は可能で、この方法は現在では広く知られているため、特段不自然なことではありません。

さらにここに「当初に報道されていた」とされる「来客用のスリッパが置かれていた」「マスク姿の複数人の男が目撃されていた」などといった真偽不明の情報が加わり、「他殺説」の下地が作られていきました。これらに関しては「報道があった」という事自体の裏付けがなく、完全なガセである可能性が高いとみられます。

このように、三浦春馬陰謀論の下地は、初期の不確かな報道によって形成されていったのです。

ヤフコメが影響?

ここまで、「過労死説」と「マネージャー関与説」はあくまで別個に拡散されたものでしたが、8月上旬になると両説を合体した風説が拡散されるようになります。「他殺説」を取る場合、「過労死説」は動機の説明として都合が良いため、そうなるのは時間の問題だったとも言えます。

8月4日にはアミューズのHPに掲載されていた文章が変更されたことについて憶測が広がり、Twitterでは「#アミューズに説明責任を求めます」などといったハッシュタグが多く投稿されるようになりました。

では、両説はどのようにして出会ったのでしょうか。筆者は、いわゆる「ヤフコメ」が主な舞台になったのではないかと推測しています。

当時のYahoo!ニュースの記事は全て公開を終了しているため、そこに書かれたコメントも閲覧することは出来ませんが、8月頃に「ヤフコメに過労死について書き込むと削除されるようになった」という趣旨のツイートが広く拡散されており、そのような話題が多数投稿されていた形跡がみられます。

また、「ムーンライト」というハンドルネームの陰謀論ブロガーの記事に、当時のヤフコメのスクリーンショットがいくつか掲載されています。これを参照すると、彼の死にアミューズが関与しているかのような書き込みに多くの「いいね」が集まっていることがわかります。

春馬メモ。より抜粋

他にも、今回の陰謀論とは別に「自殺の原因は別の俳優のマネージャーに大河の仕事を降ろされたから」という根も葉もない風説がこの頃広がりました。これについて顛末をリアルタイムでまとめているツイートがありますが、大元は占い師による無根拠な情報だったにも関わらず、やはりヤフコメを中心に拡散されていたことがわかります。

このようなことからも、三浦春馬陰謀論の拡散にヤフコメの与えた影響は大きかったことが推測できます。

「命日は契約更新期日」説

8月下旬、月命日を過ぎた頃から陰謀論の拡散はますます進んでいきます。この頃、新たな「証拠」が「発見」されました。「三浦春馬が亡くなった7月18日は彼の契約更新期日であった」という説です。

筆者が調べた限り、この説の最初の拡散源となったのは「tomo」という人物による8月25日のこのツイートでした。2つのツイートはどちらもヤフコメのスクリーンショットを添付しており、ここからもヤフコメの影響力が伺えます。

前者のツイートは他殺説について(おそらくYouTubeのコメント欄と思われる)真偽不明の書き込みをソースにした別のツイートへのリプライで、リプライ元のツイートは600以上のリツイートを集めていました。

その勢いに乗った「tomo」の2つのツイートもそれぞれ数十のリツイートを集めています。そして、翌日には「契約更新期日」をソースとして以下のような「憶測」を投稿し、100以上のリツイートを集めました

更にその翌日、「櫻でんぶ」という人物が上記2つのツイートの内容を1つにまとめたものを投稿し、200以上のリツイートを集めました。

(なお、「櫻でんぶ」は情報源について「知り合いのライターに聞いた」と主張していますが、時系列から考えても「tomo」のツイートを参考にした可能性が高いと思います。)

(ちなみに、以前筆者がこのツイートを取り上げた際に「櫻でんぶ」本人からリプライがあり、「自分は他殺ではなく、他殺に見せかけた自殺であると考えている」と指摘を受けました。まあ、某刑事ドラマにそんな話ありましたけど…。)

改めて見てみると、「契約更新期日」説の根拠とされているのは「ヤフコメの情報」「三浦春馬が生前出演したドラマの1シーン」の2つです。前者は明らかに何のソースにもなっていません(「情報が出ている」という言葉から他に出典があるのか調べましたが、辿れませんでした)。

後者は、「創作物の中に現実の出来事を示すサインが仕込まれている」という都市伝説によく見られる構図になっています。この2つが陰謀論の「根拠」として同列に扱われているというのは興味深い出来事です。

この説は爆発的に拡散していき、「命日は契約更新期日」は陰謀論者の間で既成事実化していきました。冒頭に挙げた「アミューズ犯行説」のストーリーはこれによって完成し、以降陰謀論のスタンダードになっていきました

ちなみに、8月31日に『明日へのワープ』を手掛けた植田泰史監督本人が以下のようなツイートを投稿し、なぜトロフィーの日付が「2020年7月19日」になったのかについて説明しています。

この一連のツイートは、創作物のほんの僅かなシーンにもいろいろな意図が込められていることがわかる、陰謀論抜きでも大変面白いツイートですので、ツリーを開いて全文を読んで頂くことをおすすめします。

おわりに

筆者は、三浦春馬陰謀論について当時のマスメディアの責任は大きいと考えています。

三浦春馬の亡くなった当時、報道各局が速報を出して以降、現場の詳細についての記事が矢継ぎ早に出され、さながら報道合戦の様相を呈していました。週刊誌の中には彼の親族についての憶測を述べた記事も現れました。

このような報道合戦の結果、当日のマネージャーの動き、遺書の有無、死去直前の様子などについて不確かな報道が相次ぎ、その結果ネット上での都市伝説じみた憶測を生み出してしまったことになります。

最近では広く知られるようになりましたが、WHOは2002年から「自殺報道ガイドライン」と呼ばれる文書を公表しており、2017年の最新版では「報道を過度に繰り返さない」「手段について明確に表現しない」「現場や場所の詳細を伝えない」などといったことが呼びかけられています。

本件に関する当時の報道は明らかにこれらのガイドラインに反していました。ジャーナリストの古田大輔も当時の主要な記事について検証し、相談窓口の併記を行ったものは多かった一方、見出しに配慮が見られなかったり、手法について詳細に報道したものも多かったとして問題視しています。

今回の記事を書くにあたって当時のTwitterなどの書き込みを遡って調べましたが、当時のファンの悲痛な心境を吐露したツイートが数多く投稿される中、そうした動揺から不確かな情報へ流れていってしまう様子も散見されました。

もしあの時のメディアがファンの動揺を緩和するよう十分配慮した報道を心がけていたならば、陰謀論の拡散を抑える結果につながったのではないか?とも思います。

また、ヤフコメの管理体制にも問題が感じられます。Yahooは一度はコメントを通しておき、後から削除するという消極的な対応に終始しており、これは陰謀論の拡散を助長した一方で、支持者には「圧力をかけられた」という疑念を抱かせる結果を生んでしまったと言えます。

削除体制を強化し、根拠のない風説の拡散をより積極的に抑止する姿勢を見せていれば、やはり憶測の助長を防ぐことが出来たのではないかと思います。

この騒動は結果として故人や多くの人々の名誉を傷つける状況となってしまいましたが、今後のアミューズの対応によって変わっていくことになるのでしょうか。

次回は、ネットを飛び出し実社会で活動し始めた陰謀論者について取り上げます。(つづく)