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【陰謀論】三浦春馬は如何にして陰謀論の的となったか(その2)

前回に引き続き、三浦春馬陰謀論の動向について調べた内容をまとめていきます。

前回は、三浦春馬陰謀論の大元である「三浦春馬他殺説」が形成される過程について考察しました。初期のマスメディアによる不確かな報道がいくつかの都市伝説じみた憶測を形成し混ざり合い、死後1ヶ月ほどで「他殺説」へ結実したと考えられます。

その後、この「他殺説」を巡っていくつかのインフルエンサーが登場しました。それにより、他殺説はネット上の風説の域を超えて現実社会での活動にまで発展していくことになります。

筆者撮影。今年6月のデモの参加者が掲げていたプラカード(?)

今回は、そうしたインフルエンサーやグループについて追っていきます。

陰謀論を取り巻くインフルエンサーたち

署名活動の開始

現実でのアクションを起こそうという動きは、早くも死後半月ほど経った2020年8月上旬には見られていました。

8月26日、ネット署名サイト「Change.org」にて、警察・検察による再捜査を求める署名ページが作成されます。作成者は@lov2uuuというTwitterアカウントで、遡って調べると8月11日には活動を始めていたことがわかります。

この人物の大きな特徴として、前回の記事で示した「死亡当時の錯綜した報道」のみを根拠とし、それ以外に広く拡散された噂については「デマ」として完全に排除していることが挙げられます。

特に、後述する三浦春馬デモの集団が支持しているような「死亡時刻より前に報道がなされていた」「生前最後に収録された映像の顔色が異常だった」などといったものについては、驚くほどまっとうな理屈によって否定しています。

ここまで明快な情報選択能力があるにも関わらずなぜ「初期の報道が誤りだった」と素直に納得できないのか全くわかりませんが、この署名は2021年3月1日までに15000筆を突破し、筆者の確認時点(2022年8月)で17000筆以上を集めています。

Qアノン登場

前回の記事で軽く言及しましたが、三浦春馬陰謀論には「アミューズ関与説」以外に「Qアノン説」が存在します。このブログを読んでくださる方には説明不要かもしれませんが、Qアノンとはアメリカ発の陰謀論で、「世界はディープステートと呼ばれる闇の組織に支配されている」とするものです。

三浦春馬陰謀論におけるQアノン説はやや複雑で、まず三浦春馬が生前支援していた「AAA」というラオスのチャリティー団体があり、この団体に投入された政府開発援助(ODA)の資金が不正に横流しされていたという陰謀論が作られ、どういうわけか三浦春馬がそれに気づいていたということになり、口封じのため抹殺されたというストーリーのようです。

この「Qアノン説」には明確な考案者がいます。Twitter上で「片山徹」と名乗る人物です。

片山はプロフィールにて「一級建築士」を自称しており、Twitterを始めた2012年に1度ツイートした後5年ほど投稿が途絶えていましたが、2017年下旬から再び投稿を始めます。当初はきゃりーぱみゅぱみゅさんに執拗にラブコールを送っている様子でしたが、9月27日に「水原紫織」という人物に対して以下のようなリプライを投稿しています。

水原紫織はいわゆる「明治天皇すり替え説」を主張する陰謀論者です。素人目には難解でよくわかりませんが、水原から「いい視点です」と返答されているため、両者の間で会話は通じているようです。その後、2019年4月16日に以下のようなツイートを始めてから、高頻度で陰謀論を投稿していきます。

このことから、片山は当初Qアノンではなく明治天皇すり替え説」の支持者であったようです。また、本人の言によれば「二十年間調査研究した」とされているため、以前から陰謀論者としての傾向があったものと思われます。

その後片山は様々な陰謀論を吸収していきます(度々「読者からの質問」と書いているため、フォロワーとの交流があったのかもしれません)が、2020年7月頃から本格的にQアノンに傾倒していき「デープステイト」という文言を頻繁に使用するようになります。

余談ですが、片山のQアノン観は非常に独特で、通常はドナルド・トランプ前大統領に対する支持と一体となっているところ、片山は「トランプも小児性愛者であり、ディープステートと戦っているふりをしているだけ」と考えている節があります。片山の中では世界は闇の組織に蹂躙されているだけのようで、果てしない虚無を感じます。

このように、片山は元々ネット上の無名の陰謀論者の一人でしかなく、特に三浦春馬のファンというわけではなかったと考えられます。2020年9月4日、片山は「読者からの質問」として以下のツイートを投稿しました。これが片山の三浦春馬についての初めての言及です。

このツイートは他殺説支持者を中心に300以上リツイートされました。それまでの片山のツイートは多くても十数リツイート程度しかされていなかったことを考えると、これは桁違いの大バズりと言って過言ではありません。賛同するリプライも多く付き、片山は集中的に三浦春馬とQアノンを結びつける陰謀論を投稿するようになります。

(このツイートは、前回記事の冒頭で挙げた「CIA説」の起源となったブログ記事にも転載されています。)

そして、片山による陰謀論の大きな拡散源の一つとなったのがこのブログ記事です。このブログは2012年から存在し、当初は反原発系の主張を中心に投稿していたものの、次第に陰謀論に傾倒していき、片山と同じく2020年7月頃からQアノン絡みの投稿が数多くなされています

このブログはgooブログ全体のアクセスランキングでも頻繁に上位にランクインするほど強い拡散力を持っています。Twitter上でも多く参照されており、片山の発言が「Qアノン説」のスタンダードとなっていったのです。

「I ❤ 三浦春馬 I ❤ TRUMP」

片山の発言と、Qアノン系陰謀論ブログの影響で、逆に三浦春馬陰謀論を入口にQアノンへと傾倒していく動きも見られました。

大きなきっかけになったのは、この年の11月にアメリカ大統領選挙でした。この選挙で現職のドナルド・トランプは敗北し、民主党代表候補のジョー・バイデンが当選します。この時、選挙の接戦が続いたこと、慣例である敗戦演説が行われなかったことなどから「バイデンは不正な手段を使って当選した」という憶測が広がり、そこからQアノンも爆発的に拡散されます。

大統領選挙は陰謀論界隈全体に大きな影響を及ぼしましたが、三浦春馬陰謀論においても例外ではなく、大統領選前後に三浦春馬アイコンの陰謀論者が急増したという報告がなされました。

さらに、大統領選後に日本国内で行われた抗議デモには「I ❤ 三浦春馬 I ❤ TRUMP」という、一見すると何のことかわからないプラカードを掲げる人物が確認されています。

藤倉善郎日本で繰り返されるトランプ応援デモの主催者・参加者はどんな人々なのか』より抜粋

「Qアノン説」はこのように、三浦春馬他殺説をより巨大な陰謀論へと繋げる橋頭堡の役割を果たしたのです。

(備考) 靖国絵馬事件

2021年8月になると、靖国神社を訪れた人々の間で「三浦春馬陰謀論に関する絵馬が多数奉納されている」という情報が広がり、写真も投稿され大きく話題になりました。

この件についてはこちらのブログで経緯が詳しくまとめられています。一言で説明すれば、生前の三浦春馬のいくつかの言動を「保守思想的」とみなした一部のネット右翼の間で三浦春馬は左翼からの非難を苦に自殺した」という噂が広がったことが起源のようです。

前掲記事にほとんどの情報が書かれているのでここでは特に説明を加えませんが、軽く付け加えるならば、記事で挙げられている人物のうち水間政憲(水間条項)は、後に完全に他殺説を支持するようになっており、陰謀論者からの支持も厚いように思えます。

全国規模のデモ活動へ

三浦春馬陰謀論において特に注目されているのが、全国でデモ活動やビラ配りを行っている集団(この記事では「三浦春馬デモ」と呼んでいます)です。この集団は登場こそ2021年10月頃と後発ながら、現時点において最大規模といえる勢力を誇っています。

この集団の中心的存在となっているのは「田中太一」と名乗る人物です。田中の過去については公開情報から辿れる点が少なく謎が多いのですが、ネット上で初めて注目を集めたのは2021年5月、深田萌絵YouTube動画のコメント欄に登場したことでした。

深田萌絵保守系のYouTuberで、この当時台湾の半導体企業TSMCを「中国共産党の手先」とみなし、日本の富を中国に売り渡すものとして工場の誘致に反対する主張を行っていました。田中はコメントの中で主張に賛同し、日本国内合計13万箇所に抗議のFAXを送信したことを報告しています。

その後まもなく「TSMCから国民を守る会代表」を名乗るTwitterアカウントを作成し、国内の様々な箇所を回って街宣活動を繰り広げ、動画を投稿しています。活動資金と時間がどこから捻出されているのか不明ですが、凄い行動力だと思います。

田中の街宣活動は特に注目を集めることはありませんでしたが、2021年9月13日に大阪府警本部前で行った街宣で三浦春馬陰謀論について言及した所、陰謀論支持者の間で話題となりました。

上記の動画を見ると、この時の田中は三浦春馬の名前を「ミウラカズマ」と間違えており、明らかに三浦春馬本人には大して興味がないことがわかります。上記の靖国絵馬事件のように、保守系の動画か何かで出来事だけを知ったのかもしれません。本人も後に「ファンではない」と発言しています。

しかし、街宣活動の映像は陰謀論者達に新鮮に映ったらしく、田中のもとには称賛のリプライがつくようになります。これをきっかけに田中は三浦春馬についての言及を増やし、9月末には三浦春馬陰謀論単体のデモを企画します。

このデモは彼にとって初めて他の参加者が集まったデモとなり、田中は「再捜査運動」を行う組織の結成を決意したようです。以下のツイートでは、運動の期限を2022年7月18日三浦春馬三回忌までとしています。

この呼びかけには多くの賛同者が集まり、10月5日には初めてのデモを開催。本人発表では30人近くが参加したとしています。

更に10月17日には名古屋在住の支持者が新たなデモを企画。田中は準備物など経験に基づくアドバイスを積極的に行い、やがて全国各地に支部的な集団が形成されるに至ったようです。

三浦春馬デモの特徴としては、主張を「アミューズ犯行説」に絞り、「Qアノン説」については支持はするものの戦略的な理由があるらしく抑えていること、また三浦春馬が最期に出演したドラマの製作元であるTBSや、ほぼ無関係の有吉弘行を陰謀に巻き込む独自の主張を展開していることにあります(なお、根拠は「ドラマの監督及び有吉が命日に意味深な投稿をしている」というこじつけレベルのものです)。

一方、田中は非常に猜疑心の強い性格のようで、自身と少しでも異なる見解を述べる人物は全て「工作員」とみなす癖がありました。このため、しばしば他の陰謀論者と対立することがあり、例えば以下のツリーでは「ファンの評判が落ちると困るので過激な行動を起こさないでほしい」と言っただけの人に罵詈雑言を浴びせています。

この姿勢が、後にちょっとした事件に発展してしまったようです。

「真相究明デモ」開催、田中太一撤退

年が明けた2022年4月、新たに「三浦春馬さん不審死真相究明の会」というアカウントが作成されます。

これまではチラシ配りや街宣活動といった特定の場所での活動が主体でしたが、ここで初めて「デモ行進」の流れが生まれます。この集団も、田中と協調しつつ独自に形成されたもので、活動は新たな局面を迎えていました。

そんな矢先、5月9日に田中太一は突如表立った活動から撤退することを発表します。

経緯については、どうも「デモにアミューズの副社長が現れた」と田中が主張したことに対し、一部の参加者が「彼女は一般のファンであり、本人が迷惑している」と意見したことに田中が強く反発して対立がヒートアップ、工作員認定の末に疲弊した田中が撤退を決意したようです。

両者のツリーを見ると、「顔が似ている」というだけで副社長と認定している田中の姿勢はともかくとして、デモ活動には多くの見学者があり、かつお互いに交流を持っているらしいことがわかり、その規模に驚かされます。

ともかく、このような内部でのトラブルを起こしつつ、現在は田中からの支援を受けた参加者たちが独立して活動をしている状況のようです。規模も衰えているわけではなく、6月12日には新たに大阪で「三浦春馬さんの名誉と尊厳を守る会」を名乗る集団が発足、デモ行進を行っています。

国政政党が支持?

この記事を書いている途中の2022年8月27日に新たな動きがありました。国政政党であるNHK党の幹事長を務める黒川敦彦が「三浦春馬真相究明活動と最近交流している」と発言し、他殺説への支持を表明しました。

黒川敦彦は元々、小林興起らの設立した「オリーブの木」という政治団体に参加していた際にも、政見放送ロスチャイルド陰謀論を語り、またその後同団体から小林含めた黒川陣営以外の全員が離党するという壮絶な経過を辿って「つばさの党」に改称した際もコロナ陰謀論を唱えるなど陰謀論者としての活動が目立っていました。

そのため、この動き自体は特に驚くべきこととは思いませんが、今後国政の場に三浦春馬陰謀論が持ち込まれる可能性が出てきたという点では重大な出来事かもしれません。

これらの動きは今後とも注視する必要がありそうです。

(追記) 黒川敦彦、三浦春馬デモに参加

記事公開後の9月3日に横浜市で行われた「真相究明デモ」に黒川敦彦が参加、自身のTwitterにて動画を投稿しました。

おわりに

前回紹介した「三浦春馬他殺説」は、突然の死去報道に動揺するファン心理によって半ば自然発生的に生み出された雰囲気があったのに対し、今回の「Qアノン説」や「三浦春馬デモ」は、元々のファンではない思想的な動機のある人物によって意図的に形成されていった面がみられます。

それぞれの発端である片山徹と田中太一に共通するのは、元々は陰謀論者としてほとんど注目されていなかったという点です。三浦春馬に触れたのも半ば偶発的な出来事だったにも関わらず、これが両者の人生、そして支持者たちの人生をも大きく変えてしまったと言えます。

その背景にあるのは、三浦春馬陰謀論支持者たちの結束力の強さだと言えます。様々な書き込みを検証していると、陰謀論者たちはお互いにDMなどで活発に連絡を取り合っていることが伺え、陰謀論についての外部の言及も細かく注目していることがわかります。

つまり、現在起きているデモ活動などの現象は自然発生的なものではなく、泣かず飛ばずの政治陰謀論者と主張に強力な支持が欲しい三浦春馬陰謀論者の利害の一致によるエコーチェンバーの果てに生まれたものだと言えます。

一方で、前回から度々触れているように、三浦春馬の生前の所属事務所であるアミューズは、こうした陰謀論に対する法的措置を進めているようです。前回の記事で挙げた弁護士ドットコムの記事でアミューズ側が認知しているものの中には、片山が第一発信源と見られるものも含まれていました

アミューズの施設内に、犯罪行為に使用されている地下室があるという趣旨のツイートについて、裁判所が、アミューズの施設内にそのような地下室があるという事実は認められないという判決を出しました。

裁判所が証拠として採用した資料によれば、年少者を含む多数のアーティストが所属する芸能事務所であるアミューズについての上記のような虚偽情報をアーティストや関係者が読んだ場合には、信頼関係にひびが入るおそれがあることや、年少アーティストの活躍が阻まれてしまわないかについて、アミューズの経営陣は心を痛めています。

犯罪行為に使用されている地下室があるなどと言われたアミューズの施設へは、外部からの問合わせや、それを素材にした動画を作成して再生回数を稼ごうとするユーチューバーまで出現していて、近隣住民にも迷惑が掛かっています」

三浦春馬さんの死から2年、アミューズが「ネット中傷」「陰謀論」と本気で戦うワケ - 弁護士ドットコム

開示命令が下されたのが件のアカウントについてのものかどうかはわかりませんが、以上に見てきたように現在の陰謀論コミュニティの構造は意外に単純なものであるため、こうした一部のインフルエンサーを中心に措置を進めていけば対処しやすいのではないかと思います。

その一方、三浦春馬デモの規模は現在も拡大中であり、参加者の態度も先鋭化しています。国政政党の関与も始まっているため、一刻も早い対処が必要だと考えられます。故人が本当の意味で安らかに眠れる日が訪れることを願ってやみません。

(おわり)