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【陰謀論】「ウクライナの生物兵器研究所」デマを巡る13年の旅路

ロシア軍がウクライナへと侵攻して間もない2022年3月8日、世界中の人々を困惑させる発表がロシア当局によってなされました。ウクライナには米軍傘下の生物兵器研究所が存在し、秘密研究を行っているというのです。

実はそれより前、ウクライナ侵攻が始まった時点の段階から、日本含めネット上の一部の陰謀論者の間で同様の陰謀論が拡散されていました。発端となったのはこのツイートだと考えられています(こちらについては後述)。

ツイートのアーカイブスクリーンショット、当該アカウントは凍結済み

一見すると、降って湧いたネット上の陰謀論に一国が便乗するという地獄絵図のように思えます。しかし、詳しく調べていくと、この陰謀論にはより闇の深い地獄が広がっていました。

この陰謀論は実に13年もの間、様々な人々の手を経て絶えることなく語り継がれてきたものだったのです。

そもそもどんな陰謀論

ウクライナには、実際に米政府の援助によって設立された疫学や医学についての研究施設が複数あります。これは、旧ソ連の置土産の大量破壊兵器の処分事業の一環として設立されたものです。

ソ連崩壊前後にかけて、軍のもとで兵器開発にあたっていた科学者が国外へ脱出し、大量破壊兵器の拡散が懸念されました。これを抑止するため、1991年に米国にて「ナン・ルーガー法」と呼ばれる法律が制定され、これらの研究施設を解体する代わりに平和的な内容の仕事を与えるという「協調的脅威削減計画」(CTRP)が実施されます。

事業ははじめ核施設に対して行われ、これが一段落した2005年、新たに「生物学的脅威削減プログラム」(BTRP)が始まりました。すなわち、陰謀論にて「生物兵器研究所」と呼ばれているのは「生物兵器研究所を解体して出来た研究施設」であり、実際には生物兵器攻撃対策や公衆衛生の研究をしているのです。

とはいえ、かつての731部隊のように「防疫」を名目に実際には生物兵器研究を…ということもあり得なくはありません。ところが、この研究所は研究成果を国際会議で発表するという秘密研究とは程遠い行為を行っています。さらに、研究者が英語で論文を執筆するための講座まで開いているのです。

そもそも、この研究所の存在はアメリカ政府の公式サイトで詳しく説明されています。どう見てもヤバい研究をするのには全く向いていません。また、このページには研究所の管轄がウクライナ側にあることが明言されています。「米軍傘下」でもなければ「生物兵器研究」もしていないのが実情です。

陰謀論が辿った13年

発端は週刊誌

では、どのようにしてこの陰謀論は生まれ、そして広がっていったのでしょうか。

ウクライナのメディア監視団体「Detector Media」によると、この陰謀論を最初に世に広めたのは「2000」というウクライナの週刊誌だったようです。「2000」は1999年末に創刊された週刊誌で、親露・反欧米的な記事を多く掲載していることで知られています。

「2000」では2009年から2012年にかけて、ロマン・バラシェフアントン・セルギエンコという2人の記者を中心に上記のような陰謀論を展開する記事が少なくとも12本掲載されていました。初期のものだと、2010年6月に掲載された『6月15日から全ウクライナ人は実験動物に』という衝撃的なタイトルの記事があります。

内容を読んでみると、「オデッサ(オデーサ)に新たな生物学研究所が完成した」という情報の後は研究所が取り扱う予定の野兎病やQ熱についての説明がひたすら続き、「オランダでの感染拡大をきっかけとしているが、なぜ流行地ではなく人が多く住むウクライナの街中で研究をするのか」という疑問から、いきなり「これは米国によるバイオテロなのだ」という飛躍した結論を導き出しています。

彼らの書いた記事は全てこんな調子であり、生物兵器研究の証拠は全く示せていませんでした。ところが、これらの記事は当時のウクライナのいくつかの親露系のメディアに引き継がれ、ロシアのメディアでも扱われるようになります。2013年にはウクライナのヴォロディミル・シヴコヴィッチ議員が「2000」の記事などを元に国防省CTRPの放棄を要求しており、実際に一時プログラムが凍結されました。

同じ2013年、ロシアはCTRPの延長期限を前に計画の大幅な縮小を決定します。これらの出来事からBTRPをネタにすることは難しくなったためか、ウクライナ国内での陰謀論は下火になっていきました。しかし、それと入れ替わるようにして別の国で陰謀論は存続していくのです。

反米陰謀論メディアが拡散

ここで、舞台はジョージアに移ります。実は、ジョージアがまだグルジアと呼ばれていた2005年頃から、上記のものとよく似た陰謀論が主張され始めていました。

ジョージアも同じようにBTRPの対象であり、首都トビリシなどにいくつか研究所が設立されています。当時グルジア緑の党(現ジョージア緑の党)の党首であったギオルギ・ガチェチラゼは、2005年11月の「Georgian Times」におけるインタビューにて、アレクセーフカ空軍基地にウイルスなどの保管施設を設置する計画について疑念を述べています。

ガチェチラゼは2006年の「New Region」にもコメントを寄せています。これらを参照する限り、どうもこの人は「空軍基地の中だから」という一点のみを理由に疑念を膨らませてしまっているらしいのですが、その根本的な動機はどちらかといえば緑の党らしい環境保護主義的なものであり、反米思想という面はあまり強くありません。

この当時、トビリシのサブルタロにBTRPに基づく研究所の建設が進んでいました。この研究所は2011年に完成し、「リチャード・ルーガー公衆衛生研究センター」(通称「ルーガーセンター」)と名付けられます。ルーガーセンターは2013年から稼働を開始しました。そして、当然のように陰謀論の標的となっていきます

ルーガーセンターについてのデマを広く拡散した人物の一人がジェフリー・シルバーマンです。シルバーマンはアメリカ生まれで、公式のプロフィールによれば少なくとも1991年からトビリシに在住しており、いくつかのメディアの編集者を務めた後「Veterans Today」というニュースサイトのジョージア支局長に就任したとされています。

「Veterans Today」は2003年に設立されたアメリカのウェブサイトで、「退役軍人と外交のジャーナル」を謳っています。「Politico」によると、当初はイラク戦争に反対する論調が目立ち、そこから反米的な陰謀論に主題が移っていったとされています。記事のほとんどは事実無根の内容であり、運営会社の会長自身も「内容の3割ぐらいは嘘」と認めてしまっています。

シルバーマンはルーガーセンターが完成した2011年の時点で自身のブログに「ジョニ・シモニシヴィリ」というペンネームでルーガーセンターに関する陰謀論投稿していましたが、2013年10月6日に「Veterans Today」が公開した『秘密のバイオ戦争プログラムが発見される』という記事の中で「2000」の記事について言及し、ジョージア以外の旧ソ連諸国にも同様の陰謀が存在する根拠としました。

シルバーマンの陰謀論は「2000」のものより過激になっており、前述の記事ではウクライナジョージアのBTRP関連施設は危険なウイルスを保管しているのみならず新種のウイルスまで製造しており、近年これらの地域周辺で流行した新型インフルエンザなどのいくつかの感染症研究所から流出したものだということにされています。

この頃、「Veterans Today」はロシア科学アカデミー東洋学研究所の運営する政治雑誌「New Eastern Outlook」と提携を始めており、シルバーマンの陰謀論はこのサイトを通じてロシアにも拡散されていきます。そして、これらのサイトは英語で発信されており、陰謀論は世界へと広がっていくことになります。

2015年、先述のシルバーマンの記事を参照した『なぜペンタゴンはウクライナに研究所を必要とするのか?』という記事が「インフォウォーズ」に掲載されます。「インフォウォーズ」はアメリカの著名な陰謀論者であるアレックス・ジョーンズが運営するメディアで、米国内に多くの支持者を抱えています。2018年にはFacebookTwitterYoutubeなど主要なSNSから締め出されたことが大きく報じられました。

こうしてウクライナの週刊誌から始まった陰謀論は、シルバーマンの手によって少しずつ世界全体へと拡散していきました。そして、2010年代後半に再び旧ソ連圏で大きな動きを見せることになります。

ロシアの偽情報ネットワークの関与

2017年中旬、陰謀論再ブームを起こします。口火を切ったのは「戦略的文化財」というウェブサイトです。このサイトは、旧ソ連政治局出身のユーリ・プロコフィエフが主催するシンクタンクが運営しており、2013年より先述した「Veterans Today」と提携関係にあります。

7月5日、このサイトに『アメリカはウクライナから生物爆弾を作り出す』という記事が掲載されました。内容は2013年にシルバーマンが主張したものとほとんど同じで、3日後に掲載された続編ではシルバーマン自身の発言も引用されています。

翌月21日、ロシアの政治雑誌「Oriental Review」に『ペンタゴンはヨーロッパに「生物爆弾」を送っている?』という記事が載ります。この記事では2016年の「New Eastern Outlook」の記事からシルバーマンの発言が引用されており、「生物爆弾」という表現が共通するなど、前出の記事の影響を強く感じさせる内容となっています。

この記事は翌日、カナダの著名な陰謀論ミシェル・チョスドフスキーが運営するサイト「Global Research」に転載されます。このサイトはその2日後にも『ウクライナにおける米国の軍事生物研究所は、生物兵器と「病原体」を製造している』という記事を投稿しており、いずれも英語圏陰謀論者に広く拡散されていました。

それからまもなく、「タス通信」「RIAノーボスチ」「REN TV」などといったロシア企業の運営するメディアが一斉に『「サイバーベルクート」が米国のウクライナにおける生物研究について発表』という内容の記事を掲載します。

記事の趣旨は、ウクライナで活動する親露系のハッカー集団「サイバーベルクート」が8月23日に公式サイトに掲載した内容を基にしていますが、実際は「2000」やシルバーマンによって拡散された陰謀論の焼き直しであり、ウクライナのファクトチェックサイト「StopFake」によると、ソースの一部は先述した「Global Research」を基にしていたようです。

ちなみに、「サイバーベルクート」の発表についても読んでみましたが、国際HIV/AIDS・結核研究所の所長のメールをハッキングするという大それたことを行っている割に、出てきたのは「(軍隊に)コンドームを配布する計画について話し合おうと思っています」という大した内容ではなく、なんとなくガッカリ感が漂うものでした。

それはさておき、このわずか1ヶ月強における相次ぐメディアの動きには裏側があるようです。2020年8月にアメリ国務省が発表した報告書では、「戦略的文化財団」及び「Oriental Review」は共にロシア対外情報庁の影響下にあると指摘されています。特に前者はネット上でのロシアによる偽情報拡散の「中心的役割を担っている」としています。

アメリカのシンクタンク「アトランティック・カウンシル」は同年に別の分析を発表しています。Facebookが「ロシアのプロパガンダ拡散の為のアカウント」として削除した6のページと23の個人アカウントについて調査し、2つの個人アカウントが「戦略的文化財団」のスタッフ、削除されたアカウントと友達登録していた2つのアカウントが「Oriental Review」のスタッフであったことを突き止めています。

これらのアカウントは「戦略的文化財団」「Oriental Review」の他、「Global Research」や「インフォウォーズ」など、本記事でも挙げたサイトの記事を頻繁に共有していました。つまり、ロシア当局は偽アカウントなどを駆使し、これらの相互に関係のあるサイトを実態を隠して拡散することで、SNS上に偽情報のネットワークを作り上げていたのです。

「戦略的文化財団」は自ら陰謀論を作り出すのではなく、欧米のごく一部の人間が主張する極端な陰謀論から自らに有利なものを拾い上げ、広く拡散するという手法を特徴としています。「Veterans Today」との提携もこうした思惑によるものと考えられ、シルバーマンの陰謀論ロシア当局によって都合の良いものとして拾い上げられたということになります。

シルバーマンの練り上げた陰謀論はロシア当局の手によって多数のメディアによって本格的に拡散されていき、ついには国際社会の場に持ち込まれる事態となります。

国際社会を巻き込む

2018年4月12日、ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は会見で、ジョージアのルーガーセンターを例に挙げ、「ロシア国境近くにおけるペンタゴンの大規模な医学生物学的活動の真の目的」について問う内容の発表を行いました。

これまでにもロシア当局の関係者がメディアに対してBTRPについてこのような疑念を述べることは珍しくありませんでしたが、政府による公式の会見において、名指しで指摘するのは異例のことでした。さらに9月になるとKBG出身で元グルジア安全保障大臣のイゴール・ギオルガゼが「ルーガーセンターが生物兵器研究所であることを示す数千ページの秘密文書」を持っていると発表します。

ロシア政府が突然このような行動に出た理由について、アメリカの「原子力科学者会報」は、この年の3月にイギリスのソールズベリーで発生したイギリスとロシアの二重スパイであった人物の暗殺未遂事件について、イギリス当局がロシア当局の関与を指摘したことが関係していると考察しています。

ソ連時代からロシア当局には、西側から人権問題などについて非難されると関係ありそうで関係のない問題を持ち出して応酬するという常套手段があり、「Whataboutism」という名前までついています。今回の件もその一環だと言えそうですが、存在しない疑惑を用いている時点でより悪質であるとも言えます。

ちなみに、ギオルガゼが公開した「数千ページの秘密文書」については後にBBCが詳しく検証し、すでに国際的に広く承認されているC型肝炎の治療薬の処方プログラムを「人体実験」と主張しているだけであったことが判明しています。

ギオルガゼの発表が行われたのは、イギリス当局が暗殺未遂事件について容疑者を特定し逮捕状を発行した直後のことでした。ロシアの行動は更にエスカレートし、10月には国防省が「ルーガーセンターで生物兵器研究が行われている」と公式に発表、国連総会でシリア代表と共に直接ジョージアを非難するなど、主張の既成事実化を進めていきました。

ロシア国内のメディアではルーガーセンターに関する報道が飛躍的に増え陰謀論を広めた張本人であるジェフリー・シルバーマンは「軍事専門家」などの肩書でTVのインタビューに出演するようになっていました。

2020年4月、BTRPの再びの延長期限を前に、当時ウクライナの親露派議員の重鎮であったヴィクトル・メドヴェドチュクウクライナの施設に関する陰謀論自身の所有する複数のメディアで大々的に主張し、政府に向けた声明発表します。

メドベドチュクは声明の中で、セルビアの新聞「ペチャット」を出典として挙げていました。出典となった記事のタイトルは『なぜペンタゴンはウクライナを危険な生物爆弾にするのか?』で、掲載されたのは2017年ということから、明らかに先述の「戦略的文化財団」の記事の影響を受けていることがわかります。

翌月5月21日、中国国営テレビの国際版である「CGTN」のサイトに、『米国は世界中で200以上の軍事生物学研究所を運営している』という動画が掲載されます。動画は米国が世界25カ国に200箇所の秘密の研究所があり、生物兵器開発の疑いがあるとするもので、例としてフォート・デトリック、アジアやアフリカの施設に加え、ルーガーセンター、そしてウクライナの研究施設が示されていました。

さらに6月12日にはラジオ局「中国国際放送」が、『世界にはびこる米の生物実験室 ネットユーザーらが警鐘』という動画を投稿します。内容はCGTNの動画よりも詳しく、ウクライナの施設は「ペスト 炭そ菌など致命的なウイルスを研究」「化学兵器の開発に努め」ているとされています。ちなみに、どうでもいいですがこの動画は翻訳の粗が目立ち、「ウズタジキスタン」という変な誤植があったりします。

200箇所の研究所」という主張は、2019年1月のロシア安全保障会議におけるニコライ・パトルシェフ書記の発言と一致しています。すなわち、これらの中国の主張は、すでに取り上げた2018年以降のロシア当局による陰謀論の流れが背景にあるものと考えられます。

なぜ中国は突然ロシアの陰謀論を支持するに至ったのでしょうか。理由はおそらく皆さんのお察しの通り、新型コロナウイルスの発生がきっかけと考えられています。当時、アメリカのトランプ政権は新型コロナウイルス武漢の研究所から流出したものと主張していました。これに対し、中国政府はウイルスをフォート・デトリック起源であると主張し、両国の間で論争が続いていました。

つまり、当時の中国政府はアメリカがそういうウイルスを開発をしている証拠を欲していたことになります。ロシア当局がコロナ禍以前より繰り返していた陰謀論は中国側のそうした欲求を満たしてくれるものであったのです。

一方、思わぬ味方を得たロシア側も中国の動きに同調し、ロシア国内のメディアは中国側の主張を積極的に取り上げるようになりました。2021年10月には国連総会で中露の代表が共同で米国に対し「国外における生物軍事化活動について明確に説明すべき」とする声明を発表します。

陰謀論は中国とロシアという2つの国の間で合わせ鏡のように増幅されていき、国際社会を巻き込んでいきました。そして、世界は2022年2月24日を迎えることになります。

戦争とQアノン

ロシアがウクライナに侵攻する直前の段階から、すでに「ウクライナ生物兵器研究所」に関するデマがロシア当局により流されていたことが報道されています。

冒頭に示した通り、侵攻後もっとも早く陰謀論を投稿したのは「Clandestine」というTwitterアカウントでした。「Foreign Policy」によると、「Clandestine」のファーストネームJacobといい、この2年ほどはQアノン系の陰謀論を頻繁にシェアしていたといいます。

「Clandestine」の一連のツイートを見てみると、「ロシアの攻撃目標は生物兵器研究所の所在地と一致している」という無根拠な情報と共に、中国による米国の生物兵器開発疑惑についての報道を2つ取り上げています。つまり、先述したような中国による陰謀論支持は、Qアノンによる陰謀論の拡散のきっかけになっているのです。

「Foreign Policy」は、その後の陰謀論の流れを追っています。「Clandestine」の投稿から数時間後、「インフォウォーズ」がこれをなぞる記事を公開します。さらにインドの右派系メディア「OpIndia」が取り上げFacebook上で拡散されていきます。

まもなくTwitter上でハッシュタグ#usbiolabs」がトレンドになり始め、Qアノン系のサイトなどでも拡散が進みます。「Clandestine」のアカウントはTwitterによって凍結されますが、スクリーンショットアーカイブが出回るようになります。以前ブログで取り上げたQアノンに類似するカルト集団PFCで話題になるのもこの頃です。

2月27日には、ボスニア・ヘルツェゴビナロシア大使館Facebook上で「ウクライナバイオラボ」が「ロシアの人々を遺伝子レベルで破壊する方法を研究している」とする内容の文章を投稿しました。

そして、陰謀論は冒頭の投稿に繋がっていきます。この後、ロシアは中国と連携して国連でも「ウクライナ生物兵器研究所」に関するデマを繰り返し主張するようになり、国際社会で顰蹙を買うことになります。

まとめ

以上が、「ウクライナ生物兵器研究所」デマの歴史となります。長くなってしまったので、まとめると次のようになります。

  1. ウクライナの親露系週刊誌が、3年間に渡ってウクライナのBTRP関連施設について「バイオテロ」を疑う記事を掲載
  2. アメリカの反米メディアがジョージアのルーガーセンターに関する陰謀論を掲載、その中でウクライナについても取り上げる
  3. 2.の記事を提携するロシアのメディアが拡散、ロシア当局が関与する偽情報ネットワークに乗せプロパガンダの材料にする
  4. ロシアが関与する暗殺未遂事件についての国際的な非難を避けるためにルーガーセンターに関する陰謀論をロシア当局が利用
  5. 新型コロナウイルス起源論争を巡って4.を中国当局が用い、ウクライナの施設についても取り上げ、ロシアと協力して拡散する
  6. ロシアのウクライナ侵攻後、Qアノン系のインフルエンサーが中国の発表を利用し侵攻を正当化するデマを投稿、拡散される
  7. 各国のロシア大使館陰謀論を用いて侵攻を正当化、後にロシア当局も同様の内容を発表する

このように、陰謀論13年の時を経て様々な思惑を持った人々の手を通じて肥大化、拡散していき、冒頭のツイートに繋がっていったことになります。

この記事には固有名詞が多数登場しますが、そのほとんどはみなさんが聞いたこともないようなものだったのではないでしょうか。筆者自身も半分以上知りませんでした。

これは、インターネット上の情報世界の分断を意味していると思います。先に挙げた「アトランティック・カウンシル」の分析のように、これらのメディアはお互いに密接に関連し合い、時にはパッケージ化されて拡散されていました。

お互いのメディアは循環参照を繰り返すことで、本来無根拠な陰謀論をあたかも広く支持されているかのように見せかけることを試みています。そして、このようなメディアのみが流れるタイムラインを用意されることで、その言説の正当性はさらに強化されることになります。

すなわち、私たちが普段朝日や日経、NHKや民放、時にCNNやBBCなどを参照するように、世の中の一部の人々は「インフォウォーズ」や「戦略的文化財団」、「Global Research」などから毎日の情報を得ているのです。

インターネットが普及して30年弱、世の中の全ての情報を平等にアクセスできるように進んでいたはずの世界は、いつの間にか複数の世界に分裂してしまっていました。世界を困惑させた冒頭の投稿は、その一つの結末を示していたのかもしれません。

参考文献

(順不同)